お話の欠片

それぞれが単独の作品です。日記以上お話未満

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らせんアンド会議室

2025/05/31

真四角の部屋のちょうど真ん中に、細長い丸いテーブルが置いてある。その周りを囲うように、たくさんの椅子が並んでいる。
木組みの椅子、森のキノコのような椅子、公園のベンチ、映画館の座席、ダイニングテーブルの椅子、宇宙船の椅子、芸術家にプレゼントされた座りづらいけど美しい椅子、いろいろある。どれも一人用の椅子だ。
でも、この会議室にいるのは四人だけ。
みんな大抵同じ椅子に座る。座るのに、「いつ誰が来てもいいようにね」とでも言うかのように、並んだ椅子たちはチャーミングに待機する。
部屋の真ん中のテーブルの真ん中、王様のようなふわふわの飾りのついた椅子がアンドリューの定位置だ。しかし座っているよりあたりをうろついていることのほうが多い。
彼ノは一本の足をテーブルに上げ、なにやら情熱的に主張を始める。
「だから、コンピューターの配線なんか忘れて、部屋の掃除をしてお紅茶淹れて生きようって言ってるんだよ。簡単なことだろう」
そう言い放つと、アンドリューは片手にティーカップ、もう片手にティーポットを持って紅茶を注ぎはじめ、徐々にティーポットの位置を高くしながら右足を軸にしてくるくる回転する。速度は上がり続ける。彼ノの腕と紅茶の流れる色が、ユニークな螺旋を描いて印象に刻まれてゆく。腕は伸び、回転は続き、ついにティーカップとポットの距離はアンドリューと他の者たちの心の距離と同じくらいの長さに、回転する速さは第一宇宙速度に達した。
アンドリュー紅茶螺旋を眺める会議室の面々は、その美しさに釘付けだ。
「これはいい。ぜひ記録に残そう」とコンニャックは言う。彼ノは改造しすぎた宇宙船の椅子に座っている。かつては異星の超技術だったものが、今ではパッチワークだらけの座椅子に見える。しかしその機能性は保たれたままだ。
「コンピューターの件を煙に巻こうとしてるのか」とミトロンモリア。パイプ椅子や小学校の椅子に座り、ほとんどの椅子を一分とか一日とか早ければ一秒で使い潰す、会議室一の働き者だ。
フランチェスカは扉のすぐ隣の壁際にゆらりと立ち、おしゃれなコートハンガーに上半身をもたれかけて、分厚いコートを着たまま螺旋を見つめている。
アンドリューの螺旋が終わった頃には、とっくに日付が変わっていた。待機していた楽団も徹夜で疲れてしまって、ラッパの音は葉っぱ笛のように弱った音になっていた。コンニャクは楽団について、
「彼ノらが疲れているだって? ありえない。彼ノらは疲れる機能を持たないし、眠れない。寝たり起きたりするためには、寝ると起きるを入れる箱が必要だろう。彼ノら自体がそれなんだ。彼ノらの音楽なんだ!」とまくしたてた。私への反論である。そんなに合っているとは思えないが、まあ黙認する。
アンドリューは黙ってコンニャックを見つめながら、なにか思うところがあるようにメガネのフチを毎秒少しずつ太くしていく。太くなりすぎたメガネのフチが絶望的な速さで大きく広がり、朝顔のツルのように無遠慮に部屋中を覆うかと思われたとき、フランチェスカはアンドリューに近づいて、そのメガネを外して丸メガネにかけかえてあげた。優しいところもあるものだ。
そこへとうとう楽団が部屋に入ってきて、懸命に演奏をしながら、長いテーブルの上を歩いていく。
音楽は見事だけど、パレードは見れたものではない。退屈だった。
彼ノらの足は最近ほんとうに短くなってしまって、テーブルを一周するのも一苦労だ。すごく時間がかかる。かかる時間はそのまま時間として感じられるので、「いやあ、かなり時間がかかるのだなあ」と誰もが思うものだ。だからどうしても、このようにして文字数を埋めて潰さなければならない。働き者のミトロンモリアの椅子つぶしのように、時間を稼ぐ、働くぞ、こうやって、文字数(つまりは言葉の量、文字の数のことを言うよ。)を、そうそう、まさにこのように、句点で稼いででも、埋・め・な・く・て・は。
ようやく楽団が一周しそうになったとき、ミトロンモリアの椅子がガタン! と音を立ててくずれ落ちた。
「私は働き者すぎるよな」
ミトロンモリアがそう言うと、なぜかフランチェスカが軽くため息をつき、自分の椅子へ座るためにテーブルの下をくぐって移動し始める。彼ノが自分の椅子に戻るのは、何かに気づいたか、思いついたかした時だ。ちなみに移動中、彼ノの足は無限の頂点を持つ図形みたいになるらしい。
「ならないよ」と二人の声が重なる。コンニャックはつい反論してしまった。アンドリューはわざわざ言ってみた。コンニャックの声に被せるのが目的である。
ミトロンモリアは紙の束をまとめると、新しいパイプ椅子から立ち上がって宣言する。
「今日はこれで完了だ」
それに連じて、コンニャックの頭の中もぐるぐると変わり始める。
「であれば、今日も私はお役御免か。まあ待て。終わっている間に窓が割れたり、バスに遅れたり、シャーペンの芯がなくなったりしたら、どうする? 『ああ!あいつを残しておけばよかった!!』と、みんなそろって思うだろうね」
アンドリューはある軸の上でコンニャックと反対を司る。それゆえ反論する。というか彼ノはシンプルに反論が大好きなんだ。軸とか関係なく、それでだろ?
「そんなことはどうでもいい。私はずっとずうっと、早くオフにしろと言っていたんだよ。心配はいらない。何の考えもいらない。ただひたすらに、私の言う通りにしてみたまえ。じきに楽団の足も元に戻り、何なら前よりも伸びてゆくはずさ」
アンドリューはメガネをかけかえてもらったおかげで、紅茶とコンピューター以外の話ができる。フランチェスカはこっそり嬉しくなった。
「私が話すのは、今日は終わりということだけだ」と、ミトロンモリアは物事を進めようとする。眉間にしわを寄せ、何の働きも持たない雑談に困惑している。いつものように、そろえた紙の束を自身の頭に乗せると、髪の毛に馴染ませながら記憶をむしゃむしゃもぐもぐ作っていく。誰の話も、今は聞く必要はない。彼ノからすれば、すごろく中に参加者同士で雑談してもいいけど自分の番でサイコロ振り忘れないでよねって感じである。彼ノは自分の正しさを疑わないという点で純粋だ。寝始めに気になる秒針を鳴らす正確な時計や、雨上がりに屋根から窓のフチへと落ちる微妙にテンポの速い雨粒、あれらはミトロンモリアだ。
「今日はーー」
フランチェスカが話し始める。ついに自分の椅子に着いたからだ。
それは透明な虹色リボンが一本巻かれた椅子で、どんなものよりも古い木材でできている。最古の想像のカケラが魔法になった伝説くらいの途方もない古さだ。何度も職人の手で修復され、フランチェスカをはじめとする会議室の面々によって使い込まれてきた、だれもが信じる椅子である。
「今日は、アラスカへ行くよ? それから、移動中に寝るの。紙飛行機に乗ってね、紅茶も飲もうよ。移動中に眠ったら、そのまま家に帰れるからね」
フランチェスカは決定した。
彼ノの足はいつの間にか、元の数に戻っている。
そうして会議室の長い一日が終わり、私たちはようやく眠りつくことができる。最後までコンニャックはおしゃべりし続けた。フランチェスカは分厚いコートをテントのようにして、部屋の角で立ったまま寝た。これから私たちは、紙飛行機に揺られる予定だ。きっと風が涼しくて、素敵な旅になるだろう。

とっとりホテル

2024/07/10

多くの者に愛された者が矢印を分け合う。その国へ初めて来たのは、とある初夏のイベントでのこと。
この星では、今の支配者が全てのコードを世界中に走らせきった記念日から始まる、一週間の休暇がある。そこに合わせたサブカルチャー系のイベントだ。毎年大人気で今回は記念すべき100周年、しかも99回目の開催なので、例年以上の人出である。
空港では、フォーチュンクッキーが配られていた。内臓にリボンを結ぶ。その隙に近づいて来たファンが、私の短いサンダルの端をかじって持っていった。白いかたまりが人混みへ消えていく。集まったファンたちに向けて、私は手を揺る。振れる袖のリボンにも歓声が上がる。
この国ではどうやら、移動はすべて動く床で行うようだ。サンダルではなく素足でよかったかもしれない。
着いたのは鳥用のホテルだった。マネージャーの手違いかと思ったが、警備の必要な来国者を受け入れられるのは、国中でこのホテルだけらしかった。
部屋の隅には様々な宗教の聖書のようなものが置いてあった。冒涜的だが、この国では宗教を具体的な名前ではなく、数字と記号で呼ぶ。宗教A1とか宗教N4といった風に。だから表紙がやけにシンプルで、みんな似ている。信仰を恐れる国民性によるものだ。
ここは世界的にも珍しく、ほぼ単一民族の国だが、海に囲まれた島国だからか、昔から他星人の血も多く混じっていて、信仰や教義や生活や習慣や常識といったものを嫌う性質が強い。
そんな性格は町並みにも反映されている。広告も、他国の都会より圧倒的に少ない。プロパガンダがろくに効かないからだ。
その時、モバイル端末のアラームが鳴り、私は日課として鈴を飲んだ。のどを過ぎ、胃でリンリンと鳴るのが涼しい。滅びた故郷の夕日を思い出す冷たさだ。
その後はマネージャーが用意してくれたベッドに寝転び(鳥用ホテルの備え付けはさすがに使えなかった)、長い長い長〜い足を投げ出してくつろいでいると、またファンが近づいて来て、脱いだサンダルの端をかじって持って行ってしまった。
夜のうちは暇なので、読書でもすることにした。この間インタビューした作家にもらった本を、カバンに忍ばせていたのだ。鉱石の発掘を描いたワックワクの児童文学である。小皿で電解液とアイスクリームと私の口腔体液を混ぜ、一ページずつ刷毛で塗っていく。のんびり文字を追いながら、胃で歌うように転がる鈴の音を聞くのが心地よい。やはり旅先でも、いつものルーティンを忘れてはならない。まるで心臓が洗われるようだ。
こんなにのんびりしていられるのは今日までで、日付が変わった途端、スケジュールが目白押しだ。
私は二年ほどで読書を切り上げ、小皿を二時間も洗い続けた。最近取り入れている皿洗い瞑想である。やりすぎると皿が割れる。そこへマネージャーが呼びに来て、日付が変わったと伝える。皿は割れたが仕事の時間だ。

雲のチケット

2024/01/06

語られるべき物語、語られなかった物語。
永遠の氷の下の星の上のほうの雲の中の水が私であり、もっともっと下の地面の表面へ、ゆっくりゆっくり、降りて降りて、雪になった。
私はまた氷としての自分に巡り合うのだ。
私とは体ではなく、心ではなく、意識や自我ではなく、記憶ではない。私はこれを私と呼ぶ。十分だ。
そうして過ごし、話さないまま星と目が合い、次の雲の役目を受け取った。役目はイラストの展示会のチケットのような小さなカードでできている。
私は多くのチケットを集めた。
映画のチケット、飛行機のチケット、移動遊園地のチケット、市立図書館の図書カード、ある画家の生誕100周年記念展のチケット、全国チェーンのレストランの割引チケット、民間宇宙船で第二衛星へ行くためのチケット、10万円分旅行券。
どれも悪くなかった。そんな引き出しの中で、雲のチケットを一番気に入っていた。
ある日、星の耳元へ行き、雲のチケットを差し出すと、星は破線の先をちぎって食べて噛まずにお茶で流しこみ、私の体を雲と移れ替えた。
雲として生きるのはめまいがした。視界の3Dギズモが言語による制御を失くして、宇宙を流れる旅を続ける光たちを、翻訳しきれずに体本体に伝えるからだ。
彼方の遥かに静かな世界と、私そのものとしての混乱の中で、次はもっと冷たいものになりたいと思う。懐かしい砂漠の夜のように。
私は記憶の中の懐中時計のフチを撫でて埃を集めた。懐かしさの懐かしみ方を忘れて、埃の触り方を忘れて、雲の中に置き去りにした。それから地上へ降っていった。

おくりもの

2024/02/06

知っている人が知らない人になった別の世界では、少し違うというだけで全く別のこととして名前を贈られるのです。
だから私が同一性を幻視しているこの私という存在にも、たくさん名前をもらいました。いくつ貰っても何も変わらない宝石もあれば、変化を誘いネットワークにカラフルチップの波を踊らせることもあれば、見たことのない懐かしい喜びもありました。
貰った全部の名前をローカルファイルのリボンに書き込んで、ぐるりと巻いて引き出しにしまっています。
海底火山のとどろく真昼、季節嵐の夜、乗り換え駅の朝にも失くさないでいたけれど、友達が別の世界へ行く時に彼ノに渡すか迷いました。彼ノは欲しいと言いながら、私が渡さないことを秩序としての愛として望んでいました。私は彼ノに変化を見つけ、名前を贈って、駅まで送って、大きなクジラの背に乗るのを見送って、私自身を家のドアの部屋のドアの布団の眠りの中へ送りました。

© 2021 再翻訳された猫ランド

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