嵐が去り、秋と春が同時にやってきた。ダクスフンド・タウンは再びにぎやかになった。新しい図書館がタウンに馴染み、フラッピーが図書館の常連になり、再開された銅像作りはもうすぐ完成というところまで進んだ。
その間ずっと、ダクスフンドはハウスにこもり、土偶のポーズを取り続けていた。
ダクスフンドハウスは相変わらず大人気で、たくさんの人が出入りしている。ただ、初めて来る者には、どちらが土偶でどちらがダクスフンドなのか見分けられなかった。
こんなに長い間土偶のポーズを取っているのに、何も思いつかない。ダクスフンドが思いつこうとしているのは、フラッピーの筆記手段だ。その問題自体は、フラッピーが自分で解決している。けれどダクスフンド・ハートには、ずっと何かが引っかかっている。
(フラッピーが文字を書けるようになって、本当によかった。でも、フラッピーはどうやって思いついたんだろう?)
ダクスフンドにとって、こんなに難しいひらめきの問題ははじめてだった。フラッピーや冷蔵庫のことをよく知らないからだろうか。それとも何かを見落としているのだろうか。
ダクスフンド・タウンの新しい図書館は、二百二十二年前からそこにある。それは二百二十年前に建てられたという事実を生まれつき持っていた。
ネコのようなキリンのような生き物が司書をしている。彼ノの名前はラング・パロングという。ラングはどことなくダクスフンドに似ていた。無口で神秘的で、何より首が長かった。首は横長ではなく縦長だったが、机に突っ伏して司書カウンターを眺めれば横長に見えるということで、住民たちに人気が出た。
フラッピーは自身を台車に乗せて転がし、毎日欠かさず図書館へ通った。フィクションを中心になんでも読んだ。SFミステリーファンタジーの翻訳短編集、何度も読んだお気に入りの小説、ダクスフンド学の入門書、胸にせまる美しい影絵の絵本、吸血鬼と植物の相性の類型論の専門書など、ラングも一目置くラインナップだった。
図書館司書のラングは、本の返却日以外のことを口にしない。誰かと話すときにはとても長い首を曲げなければならず、そうまでして話したいことはなかった。
些細なきっかけで、ラングはよく話すようになった。話し相手は決まって、図書館の常連のフラッピーだ。彼ノは大きな冷蔵庫なので、ラングが首を曲げなくても話せる。
その日の会話はダクスフンド学についてだった。
「この町に本当にダクスフンドがいるなら、ボクが現れることはあり得なかったはずだ。ダクスフンド学の見解から述べるならばね」
「みんなダクスフンドのこと大げさに言いすぎだって。『ダクスフンド学』なんて言って……フフッ、アハハハ!」
フラッピーは、ダクスフンド学という言葉を聞くと、いつも笑ってしまう。記憶の中の優しい友達の姿が、権威ある専門用語とあまりにもズレていた。
「とにかく、ダクスフンド的存在は一つの町に一つ、一つの国に一つ、一つの船に一つ。不変のルールだよ」
その説明を聞いたフラッピーはまた吹き出した。
「ほんと、ダクスフンドって何者なの? 面白すぎるんだけど」
「ああ。ボクも確かめてみるつもりだ」
それきりラングは本から目を上げなかった。フラッピーは、返事をしなくなった友達をおいて、別の返事をしない友達のところへ向かうことにした。ダクスフンドのことである。
台車による移動手段を得たフラッピーは、図書館だけではなく、ダクスフンドハウスにもよく通った。
ダクスフンドハウスから眺める夕焼けは、オレンジジュースのような素敵な色をしている。フラッピーは毎日、友達とこの夕焼けの話をしたいと思った。だけどダクスフンドは土偶のポーズをし続け、ぴくりとも動かない。
「やっほー、ダクスフンド。今日も電源借りるね」
フラッピーは毎日ここでオレンジジュースを冷やして、瓶を一本ダクスフンドの足元に置いていくことにしていた。すると次の日には瓶が空になって、中には曲がるストローが入っている。ダクスフンドが飲んでいるに違いない。
というのも、住民たちはダクスフンド以外の者から渡されたオレンジジュースを、決して飲まないのだ。それがダクスフンドの第一法則である。
オレンジジュース一本分だけ体が軽くなる帰り道、明日こそダクスフンドが返事をしてくれる予感がする。昨日も一昨日もその前の日も、同じひらめきを感じていた。
ある真夜中、ダクスフンドは諦めて、ついに土偶のポーズを解いた。ゆっくりと体を伸ばし、元の姿に戻っていく。
ふと見ると、足元にオレンジジュースが置いてある。誰かがダクスフンドのために置いてくれたのだろう。曲がるストローで久々のオレンジジュースを味わう。感謝の気持ちで、ダクスフンド・ハートがオレンジ色になった。
ダクスフンドはもう一度だけ、土偶のポーズを取ってみた。
やっぱり何も思いつかなかった。何が足りないんだろう。明日にでも図書館で調べてみよう。
ダクスフンドはオレンジジュースを飲み干すと、日記を書いてCDを聞いて、横長のベッドに入ってぐっすり眠った。
この夜は単なる夜ではなく、ここ数週間の全ての夜をひとまとめにした夜だった。ダクスフンドが飲んだのは、毎日フラッピーが置いていってくれた、何本もの一本のオレンジジュースだった。
★☆★ダクスフンド・ダイアリー☆★☆
No. 139 🌙
前の日記から、すごく、時間が経ってるみたい。
季節と、記オクが、混ざってかたまらない...
フラッピーやみんなは、元気かな?
今日のCDは、「パラレルバースの十字路で」