佐藤フラッペ

カレンダーの次の週、 山に出かけていた住民たちの一団が、出かけた時と同じニコニコスマイルで町へ帰ってきた。銅像の材料にするために、大きな大きな白っぽい岩を山から切り出してきて運んでいる。町の一番大きな通りは、岩運びの手伝いをする人々であふれかえり、ちょっとしたお祭りのようになっていた。
ダクスフンドは騒ぎから少し離れた場所で、住民たちに水とオレンジジュースを手渡しながら、ざわめきを遠巻きに眺めていた。
大きなでこぼこの岩を見つめていると、銅像作りが決まった会議の日の、あのひらめきのイメージを思い出す。あれは確か、小さな月みたいな形になって……それから、どうなったんだっけ? 町中には十分なスペースがなく、土偶のポーズができないので、上手く思い出せない。
ダクスフンド・ハートには、今まで感じたことのない気持ちが表れ始めた。このハートは今までずっと安定していて、穏やかな晴れた海のようだった。でも、新しい気持ちはいつもとは違う雰囲気をまとっていた。
ダクスフンドは、新しい不安なひらめきから目を逸らすかのように、住民たちのために大量のおにぎりを注文する仕事を引き受けた。

おにぎりの注文をするなら、第二ダクスフンドハウスの壁に備え付けの専用パネルから行うのが一番だ。ダクスフンド・タウン最大級のおにぎりファクトリーと直接繋がっているこの通信装置なら、注文するおにぎりの状態を好きなようにコントロールできる。今回は『大量・具なし・のりつき・大きめ・美味しめ』のおにぎりを注文した。
注文を済ませたダクスフンドは、ひと休みしてオレンジジュースを飲むことにした。何も考えずに、今はただ、いつものように冷たくて美味しいオレンジジュースを飲みたい。伸びやかだった長い胴体も、穏やかだったダクスフンド・ハートも、今では自分のものではないかのように感じられた。ため息をつきながら冷蔵庫に手をかけると、どこからか声が聞こえる。
「こんにちフンド」
ダクスフンドは驚き、反射的に長い片耳が大きく持ち上がった。自然観察学の法則によると、ダクスフンドが驚くのは十年に一度きりである。
「こんにちダクスフンド♪ 私だよ、例の佐藤フラッペの」
辺りを見回しても、影も気配も感じない。どうやらこの声は、冷蔵庫から出ているようだ。
ダクスフンドは勇気を出し、数年ぶりに口を開いた。
「こんにちは。君は、冷蔵庫の中に隠れてるの?」
「違うよ、ばすれ! 私が冷蔵庫なんだよ。ダクスフンドの電気代で動いているのさ」
得意げな声による不思議な説明は、ダクスフンドの理解には少し足りなかった。
「えっと、佐藤フラッペって、君のことだったの?」
「ちょっと違うかな。寄付のために無難な名義が必要だっただけ。本当の名前じゃないよ」
ダクスフンドはなんとなく状況を把握した。どうやら、偽名を使って自身を寄付した冷蔵庫と、おしゃべりをしているようだ。
「しばらくここから見ていたけど、ダクスフンドが話しているところは初めて見たよ。いつもよりずっといいね。みんなの前でも話せばいいのに」
ダクスフンドは、「そうかな」とか「うん」と言おうとして、何も言えなかった。冷蔵庫は構わず話し続ける。
「ねえ、ダクスフンドは何が好きなの? いつも他の誰かの話を聞いてばかりじゃない」
「え? えっと、そうだな。ワタクシは……」
上手く答えようとして言葉が詰まる。ダクスフンドのような横に長い生き物では、端から端まで信号が伝わるまでに神聖なタイムラグがあるのが普通だった。
「あー、えーっと……そうだ。曲がるストロー作りかな」
「へえ、あれ、好きでやってたんだね。みんなのために義務感でやってるのかと思ってたよ。他には? 土偶は好きじゃないの?」
ダクスフンドは、少し失礼だなあと思ったけど、あまり気にしなかった。むしろ、話すのが少し楽しくなってきた。
「うーん、土偶はふつう。オレンジジュースも好きだよ。音楽も好き」
「音楽が好きなの? 全然知らなかったよ。新鮮な情報じゃん。冷蔵庫的には、鮮度って大事なんだよね」
満足そうな冷蔵庫を見て、ダクスフンド・ハートはハッピーになりつつあった。今度はダクスフンドからも、冷蔵庫に質問してみた。
「君の名前は何て言うの? さっき、本当の名前じゃないって」
「名前なんてないよ。いらなかったから。そうだ、ダクスフンドが名付けてよ」
ダクスフンドは首を傾げ、ダクスフンド・シンキングタイムに入った。思い出す時だけではなく、アイデアを考える時にも、土偶と同じポーズをする。
少しの沈黙の後、ダクスフンドはぽつりと言う。
「フラちゃん」
「佐藤フラッペから取ったの?」
「うん」
「フラちゃん……フラッペ、フラッピー。そうだ、フラッピーにしよう! 私のこと、フラッピーって呼んでよ」
「じゃあ、君の名前はフラッピー?」
「違う違う。名前はダクスフンドがつけてくれた『フラちゃん』でしょ? あだ名がフラッピーなの」
「わかった。フラッピー」
「よろしくね、ダクスフンド♪」
これが二人の出会いだった。それからの午後、ダクスフンドはおにぎりファクトリーにおにぎりを受け取りに行き、それを住民たちに配って一緒に食べ、オレンジジュースも飲んた。夕方になってダクスフンドハウスに帰る頃には、見慣れない気持ちはすっかりなくなっていて、穏やかなダクスフンド・ハートが戻ってきていた。日が暮れて大雨が降って来ても、ダクスフンド・ハートはハッピーなままだった。

★☆★ダクスフンド・ダイアリー☆★☆
No. 131 ☁️☔️
今日は、山に行ったみんなが帰ってきてくれた。みんなニコニコ。
今日は、久しぶりに、おにぎりファクトリーでおにぎり屋さんとこんにちは。
今日はなんと、れいぞうこの友だちができた。"フラッピー"って呼ぶことになった。
今日のCDは、「The Flame is for the Sun」